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環境とともに歩んだ日建工学

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代表インタビュー

50年継続できた理由

われわれのビジネスフィールドは、災害の復旧や防災対策など、我が国に必要な公共事業の分野です。日本は急峻な地形と急流の河川が多く、回りを海に囲まれているため、災害が起きやすい特性を持っています。そのため国は予算を掛けて、災害が起こりやすい地域や、港湾漁港施設の防波堤などを計画的に随時、補強してきました。こういったインフラはあまり目立ちませんが、地元の方々に安全と安心感を与える大切な事業といえます。

とはいえ、昔のように護岸工事などでコンクリートで固めるだけでは、地元の方々に喜んでいただけませんし、そこに何の新規性もありません。当社が創業以来、50年継続して事業を継続させて頂いているのは、新たな技術開発を推進することで、他社との差別化を図ってきた点にあります。コンクリートであっても環境に配慮している製品や、景観が周囲の風景になじんでいるような製品を開発してきたことからだと思います。
わが国の社会資本整備を進展させる必要性があった高度成長期は、当社の創業期から20年以上に渡り、公共投資が年々増加し、会社が継続して成長していった時期でした。しかしながら、国の財政事情の変化により、予算が年々削減され、一時期公共事業イコール悪というイメージも手伝って、われわれの業界にとっては苦労の多い時期が続きました。
それを乗り越えることができたのは創業以来の技術開発の蓄積があったからこそだと認識しています。さらに当社の特徴として、製品の開発スピードや問題解決能力も他社にはないスピード感があることも、優位性を保っている理由だと自負しています。

消波ブロック業界について

昨今は震災復興の需要により、業界として持ち直しつつありますが、それ以前の10年間で業界全体が疲弊しています。震災復興の需要後、長期的には国の防災対策も縮小に向かうことが予想され、既存のインフラの維持・補修など、現在の施設を長く使う方向にならざるを得ません。
例えば下水道を全部取り替えるとすると莫大な予算が掛かるように、昭和の時代から50年以上かけて作ってきた防波堤や護岸を全部変えることは予算的に無理だといえます。そうなると今後の方向性として、維持・補修やメンテナンスへの取り組みが重要な課題になります。

2020年開催の「東京オリンピック」が決まり、これからの港湾関係の整備は、防災だけではなく環境とセットになった整備が進展していくことが予想されます。消波ブロックが環境破壊だと言われたこともあり、「防災」と「環境」は相反するものだというイメージがありました。しかしながら、今後、環境にとってもいい製品が現れれば、われわれの業界が防災と環境、両方の機能を有する製品でインフラを作ることができ、より社会に貢献できるようになります。その辺りがこれからの消波ブロック業界に求められることではないでしょうか。

当社の製品が防災機能だけではなく環境に配慮したものであることを地元の方々にも納得していただけるよう、業界として努力をする。環境学習やモニタリングの機会を多く設けて地域の皆さんへの認知活動の裾野を広げていけば、消波ブロック業界のイメージも変わり、明るい展望が開けると確信しております。

今後の展開について

当社では、国が進めている国土強靱化計画の一助となるために、これまでの知見を基に、より経済性が高く、環境に配慮した製品開発を推進してまいります。ただし、われわれは企業ですからどのような時代でも「深化」と「進化」を進めていかなくてはいけません。常に成長を求め、そのことで価値を生むことが社会貢献につながります。

当社はこれまで半世紀にわたり、国内でビジネスを推進してきましたが、今後はアジアでの社会資本整備においても、日本の高品位な技術を広げていく方針です。国内では業界全体で50年間掛かったことを10年間に圧縮して、アジア新興国の環境整備に携わっていきたいと考えています。とくにベトナムにおいては、当社製品、工法がベトナム本国の社会資本整備の「標準」として採用いただけるよう、努力していく所存です。こういった取り組みは、一見、回り道に見えますが、標準化されればビジネスチャンスも増え、拡大につながると確信しています。

また、国のバックアップ体制が強化されつつある昨今、日本の企業が進出しやすい状況が生まれています。こういったメリットを活かしながら、日本が苦労して行ってきた災害対策や環境保全対策のノウハウが詰まった製品を海外でも活用していただけるよう尽力していきます。

一方、大学や各種研究機関との共同研究は、当社には必須のテーマです。環境に貢献する製品を開発する場合、最初の段階で学術的、技術的な検証をしていくのは当然のことですし、その後の評価、研究の裾野を広げていく必要もあります。当社は海外においても、ベトナムや韓国の大学や研究機関と共同研究を続けています。グローバルな共同研究は現地国の皆様に当社技術を認知していただく役割も担っており、研究者同士の交流も生まれるなど新たな技術開発につなげることが可能です。

さらに、当社では『環境活性コンクリート』の開発において、異業種とのコラボレーションも行っており、異業種の企業様から新鮮な驚きと喜びを与えていただきました。従来、接点のなかったコラボは、社内の活性化はもちろん、技術開発のモチベーションを高めます。われわれの業界にもノウハウがフィードバックされるようになるため、新たな開発につなげていくことが可能です。今後はさらに異業種のパートナーとなりうる企業と出会う機会を増やすなど、裾野をひろげる活動をつねに意識していきます。

日建工学は技術力で優位に立つ、将来性豊かな会社です。これからも当社が発展を続けるためには、社員全員が人と人との出会いを大切にして、「出会いから何を得るか」を考えることが大切です。損得だけではなく、出会ったことにより何が生まれるか。そしてお客様や研究機関、協力会社の皆様へ、何を提供することができるのか。エンジニアも営業マンも、出会いの中から仕事のヒントをつかみ、何かを「提供する」ことのできる社員になって欲しい。われわれが持っている技術や発想、工夫など、相手がプラスになるものを「提供する」ことが、当社の未来を豊かにすると信じています。

50年の歩み

日建工学の50年の歩み

1964年 -昭和39年-

消波根固用ブロック
「3連ブロック」を開発。
「3連ブロック」を事業化し、東京都新宿区四谷四丁目に日建工学株式会社を設立

1964年 -昭和39年-
1964年 -昭和39年-

1964年 -昭和39年-

東海道新幹線・名神高速道路・首都高速道路が開通
東京オリンピック開催

1967年 -昭和42年-

土砂吸出防止、洗掘防止、水質汚濁公害防止、軟弱地盤対策用
「ステラシート」を開発、ステラシート事業を開始

土砂吸出防止、洗掘防止、水質汚濁公害防止、軟弱地盤対策用「ステラシート」を開発、ステラシート事業を開始

1969年 -昭和44年-

本社を東京都新宿区角筈二丁目に移転

1970年 -昭和45年-

日本万国博覧会(大阪万博)開催

1972年 -昭和47年-

札幌オリンピック開催

1974年 -昭和49年-

本社を東京都新宿区西新宿二丁目
新宿住友ビルに移転

植生の可能なコンクリートブロック「緑化ウォール」を開発、緑化ウォール事業を開始

緑化ウォール

1975年 -昭和50年-

大型床版付法枠工「GS法枠」を開発、GS法枠事業を開始

1976年 -昭和51年-

緩勾配用植生工法「緑化フレーム」を開発、
緑化フレーム事業を開始

1976年 -昭和51年-

ロッキード事件

1977年 -昭和52年-

エコロー

蛍や魚の棲める河岸ブロック「エコロー」を開発、エコロー事業を開始

ニッケン・エンジニアリング株式会社を設立

日建製造工業株式会社を設立

1978年 -昭和53年-

ダイヤー

直立消波ブロック「ダイヤー」を開発、ダイヤー事業を開始

1979年 -昭和54年-

消波根固ブロック「ストーンブロック」を開発、ストーンブロック事業開始

ニッケン・エンジニアリング株式会社および日建製造工業株式会社を吸収合併

株式を東京店頭市場に公開

ストーンブロック

1982年 -昭和57年-

海岸環境保全の新工法として、階段式傾斜堤ブロック「コースト」、機能的な階段護岸「ステアー」を開発、コースト、ステアー事業を開始

ステアー

1984年 -昭和59年-

ブロック本体に多孔空胴を有する「ホールブロック」を開発、ホールブロック事業を開始

株式を東京証券取引所市場第二部に上場

1986年 -昭和61年-

インベーダー

急勾配ホタル護岸ブロック「インベーダー」を開発、インベーダー事業を開始

1987年 -昭和62年-

国鉄分割民営化

1988年 -昭和63年-

河川水質浄化ブロック工法「バイオフロア」を開発、
バイオフロア事業を開始

1988年 -昭和63年-

青函トンネル開通、瀬戸大橋開通、リクルート事件

1989年 -昭和64年-

消費税施行(3%)

1989年 -平成1年-

自然石ブロック工法「ビューロック」を開発、ビューロック事業を開始

ビューロック

1990年 -平成2年-

自然石張植栽工法
「アースロック」を開発、
アースロック事業を開始

アースロック

1990年 -平成2年-

バブル経済崩壊

1991年 -平成3年-

湾岸戦争勃発

1992年 -平成4年-

ブライトル

電飾景観工法「ブライトル」を開発、
ブライトル事業を開始

1993年 -平成5年-

日本新党など連立政権誕生

1993年 -平成5年-

ラーロック

近自然石景観工法「ラーロック」を開発、ラーロック事業を開始

行本昌司が会長に、行本卓生が取締役社長に就任

1994年 -平成6年-

多自然型護岸工法
「Iレンロック」を開発、
アイレンロック事業を開始

Iレンロック

1995年 -平成7年-

プレキャスト魚道工法「魚快・魚昇」を開発、魚快・魚昇事業を開始

本社を東京都新宿区西新宿六丁目新宿アイランドタワーに移転

魚快・魚昇

1995年 -平成7年-

阪神・淡路大震災、東京で地下鉄サリン事件が起きる

1996年 -平成8年-

ネストン

多自然型護岸工法「ネストン」を開発、ネストン事業を開始

1997年 -平成9年-

タイロック

美しい景観を創り
生態系を保全する自然
石連結工法
「タイロック」を開発、
タイロック事業を開始

1997年 -平成9年-

消費税改定(5%)

1998年 -平成10年-

長野オリンピック開催公共事業費が
過去最大の14.9兆円に

1998年 -平成10年-

自然岩盤の風合いを持つ経済的なコンクリート造景ぎ岩工法
「コンビック」を開発、コンビック事業を開始

コンビック

1999年 -平成11年-

間伐材活用を促進する生態系根固工法「木工ストーン」を開発、木工ストーン事業を開始。
河川環境保全型護岸工法「リアロック」を開発、リアロック事業を開始

木工ストーン

2001年 -平成13年-

ISO9001:2000品質マネジメントシステム認証取得
(本社および関東事務所)

2002年 -平成14年-

人工リーフ用被覆ブロック「ストーンブロックリーフ型」を開発、
ストーンブロックリーフ型事業を開始

ストーンブロックリーフ型

2003年 -平成15年-

DRウォール

本社を西新宿六丁目日土地西新宿ビルへ移転
堤防補強ドレーン工法「DRウォール」を開発、
DRウォール事業を開始

2004年 -平成16年-

新潟県中越地震

2004年 -平成16年-

東洋水研株式会社の90.0%の株式を取得
侵食防止シート「セグローバ」を活用した侵食防止工法を開発、セグローバ事業を開始

セグローバ

2005年 -平成17年-

現地発生材活用の自然石連結工法「ナテュレ」を開発、ナテュレ
事業を開始

2007年 -平成19年-

表面にくぼみ状の孔をもつ新しいタイプの消波ブロック「ラクナ・Ⅳ」を開発、ラクナ・Ⅳ事業を開始

ラクナ・IV

2007年 -平成19年-

練積環境ブロック「グリーンテラス」を開発、グリーンテラス事業を開始

グリーンテラス

2008年 -平成20年-

さちゅら

現地石材活用の現場製作護岸工法「さちゅら」を開発、さちゅら事業を開始

2009年 -平成21年-

高耐波安定性消波ブロック「グラスプ」を開発、
グラスプ事業を開始

グラスプ

2009年 -平成21年-

民主党政権誕生

2010年 -平成22年-

コンクリート表面上に食物連鎖の基礎となる藻類の生長を促進し、魚や貝類が集りやすくなる生息環境を創り出す環境活性コンクリート(EViCon)事業を開始

韓国のコリアエスイー社(Korea SE Corporation)と業務提携

環境活性コンクリート

2011年 -平成23年-

国際事業部発足

ベトナムのIIA社(IHI Infrastructure Asia Co.,Ltd)と業務提携

2011年 -平成23年-

東日本大震災

2012年 -平成24年-

ベトナム、ハノイ市にハノイ駐在員事務所を設立

防波堤港内側強化工法「サブプレオフレーム」を開発、
サブプレオフレーム事業を開始

サブプレオフレーム

2012年 -平成24年-

自民党政権へ

2013年 -平成25年-

サブプレオフレームに関する論文『巨大津波に対する防波堤補強工法』が国際航路協会(PIANC)若手最優秀論文賞を受賞

東日本大震災で被災した海岸堤防の復旧のため、コーストJFを開発、コーストJF事業を開始、仙台湾南部海岸堤防復旧事業において採用される(2013年9月竣工)

サブプレオフレームに関する論文『巨大津波に対する防波堤補強工法』が国際航路協会(PIANC)若手最優秀論文賞を受賞